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出羽三山(月山・羽黒山・湯殿山)庄内地方 

出羽三山(でわさんざん)とは、山形県庄内地方に広がる月山・羽黒山・湯殿山の総称である。
修験道を中心とした山岳信仰の場として、現在も多くの修験者、参拝者を集める。

それぞれの山頂に神社があり、これらを総称して出羽三山神社という。
羽黒山に3社の神を併せて祀る三神合祭殿があり、宗教法人としての社務所も羽黒山(鶴岡市羽黒町手向7)に置かれている。
現在、多くの参拝者を集め賑わっている出羽三山ではあるが、参拝者の多くは信者ではない観光客であり、出羽三山の数十年後の未来を担う若い世代の信者は少なくなっている。信仰の継承が未来への課題である。

出羽三山は、出羽三山神社の社伝では崇峻天皇の皇子、蜂子皇子(能除太子)が開山したと伝えられる。
崇峻天皇が蘇我氏に弑逆された時、蜂子皇子は難を逃れて出羽国に入った。
そこで、3本足の霊烏の導きによって羽黒山に登り、苦行の末に羽黒権現の示現を拝し、さらに月山・湯殿山も開いて3山の神を祀ったことに始まると伝える。

月山神社は『延喜式神名帳』に記載があり、名神大社とされている。
出羽神社も、『神名帳』に記載のある「伊氐波神社」(いてはじんじゃ)のことであるとされる。
古来より修験道(羽黒派修験など)の道場として崇敬された。
三山は神仏習合、八宗兼学の山とされた。江戸時代には、三山にそれぞれ別当寺が建てられ、それぞれが仏教の寺院と一体のものとなった。
すなわち、羽黒山出羽神社は、伊氐波神の本地仏を正観世音菩薩とし、一山を寂光寺と称して天台宗の寺院(輪王寺の末寺)であった。
羽黒山全山は、江戸期には山の至る所に寺院や宿坊が存在した。
羽黒山に羽黒山五重塔が残され、鳥居前に手向宿坊街が残っているのはその名残である。
月山神社は、本地仏を阿弥陀如来とし、岩根沢(現・西川町)に天台宗日月寺という別当寺が建てられた。
湯殿山神社は本地仏を大日如来とし、別当寺として本道寺(現・口之宮湯殿山神社)、大日坊、注連寺、大日寺(現大日寺跡湯殿山神社)という真言宗の4寺が建立され、うち本道寺が正別当とされた。

江戸時代には「東国三十三ヶ国総鎮守」とされ、熊野三山(西国二十四ヶ国総鎮守)・英彦山(九州九ヶ国総鎮守)と共に「日本三大修験山」と称せられた。
東北地方、関東地方の広い範囲からの尊敬を集め、多くの信徒が三山詣でを行った。
出羽三山参詣は、「霞場(かすみば)」と呼ばれる講を結成して行われた。
出羽三山の参道は、通称「七方八口」と言われた。八口とは、荒沢口(羽黒口)、七五三掛(しめかけ)口(注連寺口)、大網口、岩根沢口、肘折口、大井沢口、本道寺口、川代口であり、そのうち、七五三掛口と大網口は同じ大網にあったことから、七方となった。
それぞれの口には「女人結界」が設けられ、出羽三山の山域は女人禁制であった。
別当寺は、女人参詣所という役割もあった。
なお、八口のうち川代口は江戸時代初期に廃され、肘折口には羽黒山・月山派の末坊、阿吽(あうん)院が置かれた。

出羽三山の諸寺は山域の通行手形の発行も行い、出羽三山の参道は、村山地方と庄内地方とを結ぶ物流のルートであった。
庄内藩は大網に「大網御番所」を置いて、これを管理した。
同じく、村山地方には大岫峠の手前に山形藩の「志津口留番所」が置かれた(江戸初期のみ。のち村山側も庄内藩知行地)。
志津には、湯殿山別当であった本道寺と大日寺がそれぞれ「賄い小屋」を建て、参拝者の便を図った。
明治の神仏分離で神社となった。
1873年(明治6年)に国家神道推進の急進派であった西川須賀雄が宮司として着任し、その際に廃仏毀釈が行われ、特に羽黒山において、伽藍・文物が徹底的に破却された。
その結果、別当寺が廃され神社となって3社を1つの法人が管理することとなり、出羽神社に社務所が置かれた。
旧社格は月山神社が官幣大社、出羽神社・湯殿山神社が国幣小社である。
戦後、神社本庁の別表神社となった。

○羽黒山
寂光寺:廃寺となり、山内の18坊内15坊が廃棄となり取り壊される。残った正善院、荒沢寺、金剛樹院が寺院として羽黒山から独立し、現存する。
出羽神社

○月山
日月寺:神仏分離により廃寺となり、神社となった。現在の岩根沢三山神社である。岩根沢の出羽三山神社は比較的早く廃寺となったため、廃仏毀釈を免れ、神社ではあるが庫裏の構造がそのまま残されており、修験道を知る貴重な史跡になっている。神社前に宿坊が立ち並んでおり、境内や周辺部には、日月寺に安置していたという地蔵菩薩を祀る地蔵尊や、南無阿弥陀仏石碑等が残されている。また、行者の精進料理である「六浄豆腐」は、岩根沢にしかない秘伝の豆腐である。
月山神社

○湯殿山
本道寺、大日坊、注連寺、大日寺:このうち、大日坊と注連寺は真言宗寺院として湯殿山から独立し、現存する。残る2寺は廃寺となり、神社となった。本道寺は西川町本道寺の口之宮湯殿山神社として、大日寺は西川町大井沢の大日寺跡湯殿山神社として現存する。本道寺の寺宝は、寺院として分離した大日坊・注連寺を初めとする諸寺院に引き取られたが、引き取った寺院から散逸してしまった品が多い。このうち、空海坐像は栃木県内の古美術商の手に渡っていたが、1989年(平成元年)に口之宮湯殿山神社が買い取った。仁王像は、1905年(明治38年)に仙台駅前にある仙台ホテルが建て替えした際、同像を所有していた弥勒院が同ホテルに売却したが、2005年(平成17年)に仙台ホテルの所有者・運営者が替わって全面改装することになったため、同年11月15日に口之宮湯殿山神社に寄贈された。いずれも、現在は口之宮湯殿山神社の拝殿に安置されている。大日寺の伽藍は、明治期に火災により消失し、現在は山門のみが、当時の姿を偲ぶものとして残されている。
湯殿山神社




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